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| 2010-07-08 | 小野さん、おつかれさまでした | 竹内択= No.176 |
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| 3日の早朝6時に小野学監督が亡くなられました。信じられませんでした。
最後に会ったのは2週間くらい前になりますが、そのときはまだ圭子さんが作ったご飯をみんなで食べて雑談もできるくらいでした。 最近体調が好ましくなさそうだというのは聞いていましたが、あまりにも突然な出来事で真実として受け止める事がなかなかできません。。 小野さんとの出会いは深く掘り下げれば、僕が小学校6年生の頃・・木島平でジャンプ練習をしているときに、小野さんがジャンプを観に来ていたので良いところを見せようと頑張って飛んでいた記憶があります。 あの子良いジャンプしていると僕の事を言っていたと聞いて嬉しかった記憶があります。 それから何年かの月日が流れ、僕が高校になり留学中に小野さんから「卒業したらうちのチームにこないか?」というメールを頂きました。 何カ所か候補がある中、北野建設という会社を選択したのは小野さん、横川コーチの温かさが心から伝わってきて、ジャンプが本当に強くなれる環境だと思ったからです。 決意を固めスキー部の体育館に訪問し、小野さんに北野建設に入りたいという意向を伝えた時の小野さんの心からほっとしたような笑顔は今でも忘れる事ができません。この僕を北野にいれるのにこんな精一杯だったんだと本当に嬉しかったです。 丁度その時からガンとの戦いは始まっていましたが、どんなに体調が悪かろうがジャンプ台やスキー部の練習に足を運んで熱心に教えてくれました。 オリンピックの時も手術した2日後だと言うのに解説をしにバンクーバーまで来てくれました。 世界の頂点へ、オリンピックでメダルを取らしてあげたい!!と常に言ってくれていた小野さん。こんなにスキーを、ジャンプを心から愛している人は見た事がありませんでした。 振り返ると本当にたくさんの事を思い出します。。 そんな小野さんは、もうこの世にはもういません。スキー部に行っても、もうあの椅子にどっしりと座っている姿を見る事はできなくなりました。 僕たちチームとしてもそうですが、日本ジャンプ界にとっても大きな損失である事は間違い有りません。 僕たちは小野さんの強い気持ちを受け取り、絶対にメダルをとって恩返しをしなければいけません。生前にメダルをとる姿を見せてあげる事ができず本当に残念でありません。 絶対オリンピックでメダルを獲得して小野さんに恩返しします! 小野さん、僕たちの姿を遠くから見守っててください。 今まで本当におつかれさまでした。こんな僕をここまでにしてくれてありがとうございました。 竹内択 | ||